名古屋地方裁判所 平成6年(ワ)1248号 判決 1995年9月12日
三重県桑名市<以下省略>
原告
X1
同所同番地
原告
X2
右両名訴訟代理人弁護士
浅井岩根
東京都中央区<以下省略>
被告
岡三証券株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
大江忠
同
大山政之
主文
一 被告は、原告らに対し、各金一四一万七二三〇円及びこれに対する平成二年五月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項について、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、各金三八六万八〇七五円及びこれに対する平成二年五月八日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、証券業を営む被告の営業担当者が原告らに対し、いわゆるワラントの購入を勧誘して買い受けさせたところ、右ワラントの価格が低下し、新株引受権として無価値になって権利行使期間を経過したため、原告らは、被告又は被告の営業担当者の右勧誘及び買い受けさせた行為は不法行為にあたると主張し、民法七〇九条又は七一五条に基づき、被告に対し、ワラント購入代金及び弁護士費用相当の損害につき損害賠償を求めた事案である。
一 本件紛争に至る経過
1 当事者
(一) 原告X1は、昭和一一年生まれで、a自動車販売株式会社に勤務し、昭和六一年に取締役中古車部長に就任していた者であり、原告X2は、昭和一四年生まれで、昭和三七年に原告X1と結婚し、二児を出産して家事に従事していたが、約十数年前から自宅でクリーニング取次店を営んでいる者である。原告らは、夫婦の共有資産である資金を昭和五二年頃から証券投資で運用するようになり、その証券投資については原告X2が一任を受けて行っていた。
(二) 被告は、昭和一九年に設立された証券業を営む株式会社であり、被告の名古屋支店は昭和五二年頃から原告らと証券取引を行っていた者である。名古屋支店では、債券営業課のBが原告らの取引担当者であったが、昭和六三年二月、同人に替って同課のC(以下、「C」という。)が原告らの担当となった。(被告の設立及び業務については当事者間に争いがない。その余の事実は、乙第八号証、原告X2本人。)
2 ワラントについて
(一) 新株引受権付社債は、昭和五六年の商法改正で発行が認められ、昭和六〇年一一月になって、新株引受権付社債のうち社債部分と新株引受権部分とを分離して譲渡できる分離型新株引受権付社債の発行が認められるようになった。その分離型新株引受権社債のうち新株引受権部分を分離した証券がワラントと言われる。ワラントは、予め定められた権利行使期間内にその発行会社に一定の価格で新株の発行を求め得る権利であるが、昭和六一年一月から外貨建ワラントの国内販売が認められ、国内での外貨建ワラントの取引が行われるようになった。
(二) ワラントは、新株引受権の権利行使期間内に権利行使価格の対価を支払って一定数の株式を取得する債権であることから、その対価が権利行使時における当該株式の時価より高い場合は権利行使するメリットがなく、その場合、ワラントは取引のうえでは無価値なものと扱われ、また、株価が上昇しないまま権利行使期間を経過すると権利としても消滅する。また、外貨建ワラントの場合は、ワラント購入時の為替相場と売却時の為替相場の変動も売却による損益に影響することになる。
(三) さらに、外貨建ワラントは、外国の証券取引所で上場されるものであるが、国内取引の場合、多くは外国の証券取引所への取引委託を経ずに、国内証券会社の店頭における相対取引を行うことになる。その場合の取引価格は、平成元年五月一日から日本証券業協会によって公表されるようになったが、その範囲は限られたもので、顧客は、証券会社の店頭で当日の気配値を知ることになる。
(以上の各事実は当事者間に争いがない。)
3 原告らの取引
(一) 原告らは、夫婦の共有資産である資金の運用を証券投資によって有利な運用をすることを意図し、被告の名古屋支店で、昭和五二年七月八日に長男D名義及び次男E名義の取引口座を開設して有価証券取引を始め、同年七月一五日には原告X1名義の取引口座を開設し、昭和五七年一二月一〇日には原告X2名義の取引口座を開設した。原告らは、これら四つの取引口座を適宜使い分けて有価証券取引を行っていたが、それらの取引は原告X2が一任を受けて、被告の営業担当者の勧めを聞きつつ、主に投資信託や現物株などの購入、売却を行っていた。
(二) 被告名古屋支店債券営業課のCは、平成元年一一月、原告X2に投資信託セクターインデックス一〇の買い付けを勧め、原告らは、同月二〇日、原告X1名義の口座で同投資信託を一〇〇〇万円で買い付けた。しかし、同投資信託はその後値下りし、平成二年四月末頃、原告X2はCから電話で右値下りの事実を知らされた。
(三) 原告らは、平成二年五月一日、原告X1名義の口座で、日本航空ワラント三〇ワラント(以下、「本件ワラント」という。)を、単価二六・五〇ポイント、代金合計金六三三万六一五〇円で買い付けた。原告らの本件ワラントの購入は、セクターインデックス一〇の値下りを取り戻したいとの意向で、Cの勧めにより、同投資信託を同日に代金七五六万四一七九円で売却し、その代金で買い付けたものである。原告らは、同月八日に右買い付け代金を被告に支払った。
(四) 本件ワラントは、権利行使期間が平成五年四月六日までのものであるが、その価格は、平成二年七月までは上昇していたものの、同年八月からは値下りした。被告の担当者Cは、一、二週間に一度程度は原告X2に本件ワラントの時価を知らせていたが、原告X2は売却の時期を捕らえることができずに推移し、本件ワラントは平成五年四月六日に権利行使期間が経過し、その権利が消滅した。
(右のうち(二)及び(三)の各事実は当事者間に争いがない。その余の事実は、甲第一〇、一一号証、乙第一号証の一九、乙第八号証及び弁論の全趣旨。)
二 本件の中心的争点(原告らの主張)
1 不法行為の成立
(一) 被告又は被告の営業担当者の本件ワラントの勧誘行為及び取引行為は、次のとおり、不法行為にあたる。
(1) 被告の営業担当者は、原告らに対し、本件ワラントの購入を勧誘する際、ワラントの意義、その権利行使期間、権利行使価格の説明をするとともに、外貨建ワラントの特質、株に比べて価格変動が大きいワラントの危険性、国内取引における価格情報の入手方法など、ワラント取引の仕組みとリスクにつき十分な説明をし、その理解を得るようにしなければならない注意義務があるのに、これらにつき全く説明することなく、本件ワラントの勧誘及び売り付けをしたものである。
(2) 被告の営業担当者は、原告らに対し、「値下りした分は必ずすぐ取り戻せる商品があるから。」と、本件ワラントが騰貴することの断定的判断を提供して勧誘したが、右断定的判断の提供による勧誘は証券取引法五〇条一項一号で禁止された違法な勧誘である。
(3) 原告らは、その資力、社会的経験、証券取引の経験から、リスクの大きい投資を望んではおらず、安全で利回りの良い商品の取引を望んでいたのであるから、危険性の高いワラント取引については適合性がなかったものである。被告営業担当者は、右適合性の原則に違反して、無差別に原告らに本件ワラントの購入方を勧誘して購入させたものである。
(二)(1) 被告は、有機的組織体として、右不法行為をなしたので、民法七〇九条により損害賠償の義務がある。
(2) 被告は、従業員である営業担当者に営業行為を行わせていたものであり、営業担当者は被告の事業執行につき右不法行為をなしたので、被告には民法七一五条による使用者責任がある。
2 原告らの損害
(一) 原告らは、本件ワラントの購入により、その購入代金に相当する金六三三万六一五〇円の損害が生じた。
(二) さらに原告らは、本件被害を回復するため、弁護士に訴訟委任する必要に迫られ、弁護士費用として金一四〇万円の損害が生じた。
(三) 原告らは、右(一)及び(二)の損害合計金七七三万六一五〇円につき、その二分の一の各金三八六万八〇七五円の損害を被っている。
第三争点に対する判断
一 まず、被告の営業担当者による原告らに対する本件勧誘及び取引行為の経過について判断する。
1 証拠(甲第七ないし一一号証、乙第一号証の一ないし四〇、乙第二号証の一ないし二〇、乙第三号証の一ないし一六、乙第四号証の一ないし一八、乙第五ないし九号証、証人C、原告X2本人の第一、二回)によれば、以下の各事実が認められる。
(一) 原告らは、昭和六一年頃以降は原告X2に一任して、夫婦共有資産を証券投資によって運用していたが、その取引内容は、手堅い利殖を考えて現物株式や投資信託を主にしていた。しかし、右投資信託の中には株式に投資する割合が大きいものも含まれていたうえ、現物株や投資信託で取引損を被ったものもあり、原告X2は、これらを通じて、一定の投資経験を重ねていた。原告X2は、その取引の多くを、被告の担当者に勧められて購入等の注文を行っていたものである。一方、被告営業担当者は、原告X2の申出にしたがって有望と見込まれる現物株等の推奨をするほか、新しい投資信託の発売にあたっては、原告方にパンフレットを事前に送付したうえ、電話や訪問により個々に投資信託の内容を説明して購入方を勧誘していたものである。また被告営業担当者は、原告X2からの注文により成約した取引については、その日のうちに電話で成立した取引の銘柄、単価、数量等を連絡し、その数日以内には取引報告書を郵送し、証券の保護預かりには預り証を交付しており、原告らは、それらによって取引内容を確認することができた。
(二) 原告らは、平成元年一一月二〇日、セクターインデックス一〇を代金一〇〇〇万円で購入した。原告らは、その前の同月一七日、住宅用の土地購入資金を用意するため、前示の四つの取引口座にあった幾つかの投資信託を解約し、八一二万円余の資金を保有していた。被告の担当者Cは、右取引にあたり、事前にパンフレットを原告ら方に送付したうえ、電話でその購入方を勧めた。その際、Cは、右投資信託が各セクター毎の数業種の株式に投資するものであり、オープン型だからいつでも売却できる旨、また、各セクターのうち鉄鋼等の分野の値上りが見込まれることを説明して購入を勧めた。原告X2は、土地購入代金の支払はしばらく先になることから、いつでも売却できるものであるならしばらく有利に資金を運用したいと考え、同投資信託を一〇〇〇万円で買い付けることとし、右取引に応じた。原告X2は、右代金一〇〇〇万円のうち、一八七万九七九八円は公社債等を解約し、残金八一二万〇二〇二円は右土地購入資金を入金して、その支払に充てた。しかし、原告X2は、右資金の運用について、原告X1には言わないでいた。
(三) しかしながら、平成二年に入ると、原告X2が購入した右セクターインデックス一〇は値下りし始めた。Cは、そのことを原告X2に連絡していたが、同年四月中旬頃、値下りがさらに進んで評価損が約二四〇万円にも達したため、原告X2はCに対し、「なにか損を取り戻すのにいい商品はないか。」と尋ねるようになった。Cは、ワラントであるなら株の数倍の値動きがあるので短期に損を取り戻せるのではないかと考え、原告X2に対し、約一五分の時間で、ワラントという新しい商品があること、新株引受権株のついた証券で、期限があり、その期限内に権利を行使しなければならないこと、しかし株の数倍の値動きがあり、損失を取り戻すのには良い方法であることを話した。Cは、原告X2がその話に興味を示したため、同年五月一日、たまたま被告名古屋支店に本件ワラントが入ったことから、電話で、原告X2にその購入方を薦めた。その際、Cは、約一〇ないし一五分の時間で、日本航空のワラントであること、ワラントは新株を引き受ける権利の証券で、株の数倍の値動きをすること、権利を行使する期間が決まっていて三年であること、を改めて説明した。
(四) 原告X2は、Cの話から、ワラントの意義、特質についての理解はともかく、セクターインデックス一〇の損失を取り戻せる商品であると安易に信じ、その電話での応対で直ちに本件ワラントの購入を承諾し、セクターインデックス一〇を売却し、その代金の範囲内で本件ワラントを購入するよう指示した。そこでCは、同日、原告らのセクターインデックス一〇を代金七五六万四一七九円で売却し、本件ワラントを代金六三三万六一五〇円で買い付ける手続を執行し、その結果を原告X2に報告するとともに、差額金一二三万円について、原告X2の承諾を得て、原告X1の金貯蓄口座に入金した。
(五) Cは、その一週間後に、原告X2のクリーニング取次店の店舗に訪ね、本件ワラントについての「外国新株引受権証券の取引に関する説明書」(以下「説明書」という。)及び「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下、「確認書」という。)を原告X2に交付し、本件ワラントについて説明をしようとしたが、クリーニング取次の来客があり、説明も中断して確認書は後日送付してもらうこととした。原告X2は、その後、説明書を詳しく読むことをしないまま、確認書に原告X1の署名捺印を代行して、被告に送付した。その頃、原告らは、本件ワラントの「預り証」の送付を受けた。右預り証には、本件ワラントについて、銘柄とともに、USドル三〇ワラントとその数量、償還日平成五年四月六日とその権利行使期間が示されていた。
(六) Cは、本件ワラントが日本航空の業績予想から有望であると考えて原告X2に推奨したものであった。Cは、週に一、二回位の割で原告X2に本件ワラントの値動きを伝えていたが、平成二年七月二〇日頃、本件ワラントの価格が三〇ポイントになったことから原告X2に売却方を勧めた。しかし、原告X2は、売却しても約三〇万円程の利益にしかならず、セクターインデックス一〇の損失二四三万円余の取り戻しには程遠いことから、もう少し値上りを待ちたいと答えた。しかし、同年八月に入ると、日本航空株の株式分割の影響もあって、本件ワラントは急激に暴落し、その後も引き続き価格が低下し続け、平成三年に入るとほとんど無価値に等しい状態になった。
(七) Cは、平成二年八月に暴落してしばらくは、原告X2に対し、権利行使期間が三年あるので大丈夫だと説明しつつ、本件ワラントの時価を伝えていたが、平成三年に入ると時価の回復の見込みもなくなり、同年一〇月頃、F課長とともに原告ら方を訪問し、本件ワラントの時価の回復の見込みがないことを説明した。また、CとF課長は、平成四年四月頃にも原告ら方を訪問し、本件ワラントが無価値になっていることを説明した。原告らは、結局、本件ワラントを売却することができないまま、平成五年四月六日に権利行使期間が経過して、本件ワラントはその権利が消滅した。
(八) 被告は、権利消滅したワラントについては顧客から預り証を回収することにしていたので、同月二〇日、CとG部長が原告ら方を訪問し、本件ワラントの権利消滅を説明して預り証の返還を求めたところ、原告X2は、これに原告X1の署名捺印を代行して返還に応じた。被告は、この間、平成四年一二月以降、原告らに損失を取り戻させるため、比較的安全な投資信託や転換社債などを勧め、原告X2もこれに応じてこれらを買い付けて、若干の利益を確保していた。しかし原告らは、本件ワラントの被害につき、本訴を提起するに至った。
2 右認定につき、
(一) 乙第八号証、証人Cの供述には、原告らのセクターインデックス一〇の購入の代金は、投資信託等の解約で用意したもので、住宅用の土地購入資金をあてたものではない旨の供述があるが、原告らの投資信託等の解約の時期が平成元年一一月一七日と同月二〇日に分かれ、かつ、土地購入資金として必要な八〇〇万円余は同月一七日に解約されているのであるから、右購入代金は土地購入資金をもって充てられたと見てよい。ただ、原告X2がその際、その資金の予定をCに伝えたかどうかは必ずしも明らかではない。
(二) 原告X2は、Cから本件ワラントの勧めがあった際、「値下り分は必ず取り戻せる。」と言い、ワラントが新株を引き受ける証券であり、株の数倍の値動きをすること、権利を行使する期間が決まっていて三年であること等の説明はなかった旨述べる。しかし、Cは、原告X2の損を取り戻したいとの意向に応えようとして本件ワラントを勧めたことは明らかであるが、断定的に、かつ、保証的に、「必ず取り戻せる。」とまで言ったとは直ちには認め難く、さらにワラントの特質につき何ら説明しなかったとの点も、原告X2がその説明を理解したかどうかはともかく、営業担当者として前示の程度の説明をすることは通常有り得ることであるから、証人Cの供述のとおりに認定することができる。
(三) 乙第八号証及び証人Cの供述によると、Cは、説明書及び確認書を原告X2に交付した際、ワラントについて再度説明し、値動きが激しいので、短期に上昇することがあるがリスクもある、外貨建なので為替相場にも影響される旨説明したとの供述があるが、同供述にもあるとおり、当日、Cは、原告X2に来客があって確認書への署名捺印も後日に送付させることにしたのであり、そのような状況でCがどの程度の説明をなし得たのか、原告X2がその説明を理解し得たのかは、必ずしも明らかではない。
(四) 原告X2は、平成二年七月二〇日頃にCから本件ワラントの売却を勧められた記憶はない旨供述するが、原告X2にとって三〇万円ほどの利益では本件ワラントを購入した目的を果たさないことから、Cの勧めを聞き流したものと推認することができ、Cの右勧告があったものと認めることを左右するものではない。
3 他に、前示認定事実を左右すべき証拠はない。
二 そこで、原告らが主張する不法行為の成否を判断する。
1 原告らは、争点1(一)(1)のとおり、被告の営業担当者が本件ワラントの購入を勧誘し、取引させるにあたって、必要な説明を尽くさなかった旨主張するので、この点を検討する。
(一) 一般に、ワラントは、株式などとは異なり、その証券の仕組み、権利の内容が複雑で解りにくく、価格の形成過程も不透明であるうえ、株価の動きに連動して価格が推移するとはいえその動きは株価に比べて極めて大きく、外貨建ワラントの場合は為替相場にも影響され、単純には評価利益又は損失を見極め難いもので、いわゆるハイリスク・ハイリターンの商品である。特に、そのハイリスクの内容は、株価に比べて価格が大きく変動するというのみではなく、新株引受権の権利行使時の株価が権利行使価格とワラント購入コストを下回れば理論的には経済的価値がなく、その後の値動きに対する思惑から生じるプレミアムを考慮しても、株価の低迷が継続する状況のもとではワラントの取引上の価値がほとんど無くなり、さらにワラントは権利行使期間が満了すれば権利自体が消滅し、いずれの場合も投資家はその購入代金の全額を失う危険がある。
ワラントの右特質を考慮すれば、証券会社の営業担当者は、専門的投資家などその特質を十分把握している顧客に対する場合を除いて、一般の投資家に対しワラントの購入を勧誘し、取引させる場合には、ワラントの右特質を、特にその危険性について理解させるよう、説明を尽くす必要がある。その説明の内容は、ワラントの仕組みが複雑で、一般投資家にとって経済理論的特質までは関心がないことに照らせば、株価と権利行使価格との関係、ワラント価格とその意味、ワラント価格の変動要因、権利行使による利益額の算出方法などまではともかく、少なくとも、一般投資家がその取引に自己責任を負担する前提として、①ワラントは新株引受権の証券で、新株を引き受ける場合には権利行使価格として定められた対価の支払が必要であること、②新株引受権には権利行使期間の定めがあり、右期間を経過すると権利が消滅すること、③ワラントの価格は、株価に連動し、かつ、株価の数倍の値動きをするハイリスク・ハイリターンの商品であること、④ワラントのハイリスクの内容として、権利行使期間の経過により無価値になり、権利行使期間が満了しない時期でも株価の動向によってはほとんど無価値になる場合があり、投資額全額の喪失の危険もあること、⑤外貨建ワラントの場合には、その価格の形成には為替相場との関連があること、に及ぶべきものと解すべきである。また、右説明は、一般投資家が理解し得る方法で取引に入る前になされなければその意義はない。
(二) そして、前示の認定事実によれば、被告の担当者Cは、セクターインデックス一〇で二四三万円余の損失を被り、その損失を取り戻したいとする原告X2に対し、平成二年四月中旬頃、ワラントは、新株引受権の証券で、期限があり、その期限内に権利を行使しなければならないこと、その価格は株の数倍の値動きがあるので損失を取り戻すのには良い方法であることを話し、同年五月一日の本件ワラントの勧誘にあたっても、権利行使の期間が三年であることを付け加えたほか、同程度の説明をするに止まった。Cの右説明は、二度に亙ったもののいずれも一五分以内の短時間の話に止まり、初めてワラントの説明を受ける者に対してその内容を理解させ得たものとは思われないうえ、ワラントは新株引受権の証券であって権利行使期間の制限があることを説明したものの、新株引受権の行使にあたり権利行使価格として定められた対価の支払が必要であることを説明していないことから、原告X2に対し、少なくとも株価程度の資金は確保し得るものと誤解させた虞れがある。また、株価の値動きに連動して数倍の値動きをする旨説明しているが、右説明当時の状況からは、原告X2は株の数倍の利益を確保できる商品であるとの趣旨に理解しているのに、Cは、原告X2に対し、反面の危険性については何ら具体的指摘をしていない。加えて、権利行使期間の経過により無価値になり、権利行使期間が満了しない時期でも株価の動向によってはほとんど無価値になる場合があり、投資額全額の喪失の危険もあることについては何ら言及していない。これらの点に鑑みれば、Cの右説明は、ワラント取引の危険性についての説明がなく、原告X2に本件ワラントの購入を勧誘し、取引させるにあたって求められる説明としては不十分なもので、購入者である原告らに自己責任を負わせるにはその前提条件が整っていない。
(三) もっとも、被告の担当者Cは、本件ワラントの取引が成立して一週間程後に、原告X2に対し、説明書及び確認書を手渡し、その説明書には、権利行使期間を経過すると権利が消滅し、購入代金全額を失うこと、株価の値動きの数倍の価格変動があり、場合によって投資額の全額を失う危険があることの記載がある。しかしながら、右危険の告知は原告らの本件ワラント購入後であり、原告X2が右取引に入るかどうかを判断する資料にはなり得なかったものである。原告X2は、右説明書をよく検討することもなく、その説明書の内容を確認した旨の確認書に原告X1名義で署名捺印している。本来ならば、原告X2は、右説明書を吟味して予想した取引と違うのではないかとの疑問を抱き、被告にその旨の質問をしたり、苦情を述べるものと思われるが、それらの行動をとっていない。しかしながら、原告X2は、Cの説明によって本件ワラントがセクターインデックス一〇による損失を取り戻せる商品であると思い込んで既に取引に入っていたのであり、単に説明書を交付されてもその思い込みがすぐに是正されるものではなかったことが容易に推認できるので、右説明書の内容を了知していたため苦情等の行動に出なかったと直ちに認められるものではない。また、原告らは、本件ワラントの権利行使期間が満了し、新株引受権の権利が消滅した後、被告の求めに応じて預り証の返還に応じているが、そのことから、原告X2が購入の当時にCの前示説明でワラントの特質を理解していたものと推認することはできない。
2 原告らは、争点1(一)(2)のとおり、被告の営業担当者が本件ワラントの購入を勧誘するにあたり、「(センターインデックス一〇の)値下りした分は必ず取り戻せる商品であるから。」と本件ワラントが騰貴することの断定的判断を提供した旨主張する。
(一) しかし、前示認定事実のとおり、Cは、原告X2から「損を取り戻すのに何かいい商品はないか。」と尋ねられ、ワラントであれば株の数倍の値動きをすることから損失を取り戻すのには良い方法であるとして、本件ワラントを推奨したものであるが、その真意は、ハイリスク・ハイリターンの商品であって、ハイリターンに恵まれれば損失の取り戻しに役立つとの趣旨であり、Cが「必ず取り戻せる」と断定的判断を提供したものとまで言ったとは直ちには認め難い。もともと、営業担当者が一定の証券購入を推奨するとき、その有利な側面を強調して営業活動を行うことは当然であり、営業担当者の当該証券の有利な側面の説明が直ちに断定的判断を提供したと言えるものではない。
(二) 一方、Cは、本件ワラントを推奨するにあたり、株価の値動きに連動して数倍の値動きをする旨説明し、その言葉からは、利益が数倍になる反面、損失も数倍になると理解すべきものではあるが、前示認定事実に照らせば、原告X2は、当時の状況では、セクターインデックス一〇の損失を取り戻したいとの一心であったので、Cの右説明から、本件ワラントが通常の株取引に比べて数倍の利益を確保できる商品であると理解し、損失を容易に取り戻せると軽信したことは明らかである。Cは、原告X2の右認識を容易に知ることができたのであるから、原告X2に対し、ワラント取引にあたっての反面の危険性についても十分説明しなければ、その有利な側面のみを信じて取引に入ることを放置し、ひいては断定的判断を提供したのと同じ状況を作り出す結果になることは否定できない。この観点から見れば、Cの右勧誘方法は必ずしも妥当なものではなかったと言わなければならない。
(三) 被告は、原告X2が本件ワラントについて必ず価格が上昇して損失を取り戻せると考えていた訳ではない旨反論するが、そのように認めるべき証拠はない。
3 原告らは、争点1(一)(3)のとおり、被告の営業担当者がが原告X2に本件ワラントの購入を勧誘したことは、いわゆる適合性の原則に反する旨主張する。
(一) 被告は、まず、適合性の原則は公法的な規制の一内容に過ぎず、かつ、その内容も一義的なものではないから、不法行為の要件になるものではない旨反論する。もともと、証券取引にあたっての不法行為の成否の判断は、公法的な取締法規違反の有無を審査するものではなく、証券取引及びその勧誘行為が総合的に見て社会的相当性の範囲を越えた違法評価されるべき行為かどうかを私法的に判断するものであり、公法的な規制の違反の有無によって直ちに不法行為の成否を決するものではない。しかしながら、その社会的相当性を総合的に判断する一要素として、取引勧誘の対象となる証券投資家としての適格の問題があり、勧誘行為の対象者が証券取引を行うに足りる知識、社会的経験、経済的条件等を具備しているかどうかは当然に吟味されるべきことである。
(二) 右趣旨において原告らの主張を検討するに、前示認定事実によれば、原告X2は、原告X1から一任を受けて、遅くとも昭和六一年頃以降、夫婦共有資産の証券取引による運用を行っていたが、その取引内容は、手堅い利殖を考えて現物株式や投資信託を主にしていたことが認められる。一方で、原告X2は、その証券取引において、投機的要素が高くなる株式投資の割合が大きい投資信託も幾つか買い付け、取引損を被ったり、現物株の取引にあたっても利益を上げるのみではなく損失も経験し、一定の投資経験を重ねていたことも明らかである。原告X2の右投資経験に照らせば、ワラント取引について必要な説明が尽くされていれば、それなりに自己責任で取引に入るかどうかの判断はなし得たものと推認できる。
(三) 原告らは、原告X2の社会的経験、知識の不十分さ、投資する資産の性質等から、適合性がなかった旨主張するが、原告X2は、前示のとおり一定の投資経験が有るのであり、証券取引の一種であるワラント取引についても、十分な説明が尽くされれば、自己の資産をどのように運用するかの判断はできる筈であるから、直ちに適合性がないとは言えないのである。原告らの右主張は、つまるところ、必要な説明が尽くされていないとの主張に帰結するものであり、その点についての判断は前示のとおりである。
4(一) 右1ないし3の事情を総合して判断すると、被告の営業担当者による原告X2に対する本件ワラントの勧誘及び取引行為は、その取引の結果を自己責任において負担すべきとする前提の説明が尽くされておらず、そのため、断定的に有利な判断材料のみを提供されたのと等しい状況のもとで、安易に行われたものであり、社会的に相当と認められる範囲を逸脱した違法な行為であると認めることができる。
(二) 被告の営業担当者の右違法行為は、原告らに後記の損害を与えたことが認められ、これが同担当者の故意又は過失によるものであることは容易に認められるので、同担当者の不法行為が成立する。
(三) 被告の営業担当者は、右行為を被告の事業の執行のためになしたものであることは前示の認定事実から明らかである。したがって、被告は、民法七一五条に基づき、営業担当者の右不法行為につき、使用者責任を負担する。
三 そこで、原告らの被った損害について判断する。
1 原告らは、被告営業担当者の違法な勧誘及び取引行為により、本件ワラントを購入したところ、その権利が無価値になったまま権利行使期間が経過して権利が消滅し、その購入代金六三三万六一五〇円相当の損害を被ったことは明らかである。
2 しかしながら、本件の諸般の事情を考慮すると、原告らが右損害を被るについて原告ら側にも落ち度があったことは否定できず、公平の見地からは、原告らの落ち度を損害の算定に斟酌する過失相殺をしなければならない。すなわち、
(一) 原告X2は、一定の投資経験がありながら、セクターインデックス一〇によって生じた損失の回復を一方的に期待し、ワラント取引が初めての経験であるにも拘わらず、被告の担当者Cの短時間の説明を十分理解していないまま、安易に損失を取り戻せると軽信し、事前に理解できなかった点を質問したり、説明書等の資料の交付を求めるなど、自己の知識が不十分であれば当然になすべき行為を怠った。
(二) さらに、原告X2は、ワラント取引に関する説明書(この説明書には危険の開示が記載されている。)の交付を受けたものの、これを良く検討しないまま、説明書の内容を承知した旨の確認書に原告X1名義で署名捺印して返送し、被告に対し、原告らがワラント取引につき必要な理解を得ているとの誤解を抱かせることになった。原告X2がこの段階で本件ワラント取引に応じられないとの態度を明確にすれば、被告は、早期に本件ワラントの売却等を勧告し、損害を未然に防ぐことができた筈である。
(三) 原告X2は、平成二年七月二〇日頃、Cから本件ワラントの値上りの状況によりこれを売却して利益を得ることを勧告されながら、二四三万円余の損失が未だ回復していないとしてその売却に応じなかった。当時の証券取引の状況は、セクターインデックス一〇の損失に見られるとおり、投資元本六三〇万円余の原資で二四三万円余の利益を一挙に得ようと期待することは極めて困難な情勢にあったのであり、原告X2の右判断は、自己の立場のみに拘泥した視野の狭いものであった。
(四) 原告X1は、著名な自動車販売会社の営業に携わる取締役の立場にあり、経済活動には一般人以上の知識及び経験があるのに、証券投資を含む夫婦共有資産の運用にあたり、一定の投資経験を積んだとはいえ経済活動の経験にはいまだ乏しい妻原告X2に一任し、積極的監視を怠った。この点も本件損害を招いた一因である。
(五) これらの事情は、原告らの本件不法行為による損害を算定するにあたり斟酌すべき過失である。右事情を斟酌すると、右過失の重要性に鑑み、原告らが被った損害のうち六割は過失相殺するのが相当である。そうすると、原告らは、前示損害の四割に相当する金二五三万四四六〇円の損害につき、被告に賠償を求めることができる。
3 原告らが本件不法行為による損害の賠償を求めるにつき、弁護士に訴訟委任する必要に迫られたことは容易に認められる。右弁護士費用は、本件の諸般の事情に照らせば、原告らが負担する金額のうち金三〇万円について被告に負担させるのが相当である。これを越える原告らの主張はたやすく採用できない。
4 そうすると、原告らが被告に損害賠償を求め得る金額は合計金二八三万四四六〇円であるが、原告らは、それぞれ、その二分の一の各金一四一万七二三〇円の損害賠償請求権がある。
四 以上のとおりであるから、原告らは、被告に対し、各金一四一万七二三〇円及びこれに対する本件ワラント代金を支払って損害が発生した日である平成二年五月八日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 大内捷司)